共栄

 微睡んだ意識の中で重いまぶたを無理くりに持ち上げる。息子の応答に応えなければならなかったからだ。8月の午前五時、仄かに陽が満ちる早朝、さやかに響く歓声に意識を持ち上げられる。妻も目覚めて二人、上体を起こす。

「どうしたんだ」と私が言う。

「いいからきて!」と息子が言う。玄関あたりにいるのかと目星をつけ、起き上がり寝室を跨ぐ。息子は玄関口に置いてある虫カゴを凝視していた。近づいて息子の肩口からカゴを覗くと、そこには乳白色の甲殻を顕にした兜虫がいた。

「あら、羽化したのね」と妻が言う。

 初夏、神社の祭りに家族で出掛けた時に兜虫の幼虫を拾った。神社の少し外れにはふくよかな土壌があるのを私は知っていて、息子をそこに呼び少しばかり土を掘ってみると、予想通り丸まった白身が姿を見せた。

 息子は最初気持ち悪がっていたが、この生き物が成長すると兜虫になると教えてやると、仰天して幼虫をまじまじと見つめていた。これがあのカッコいい兜虫になるとは信じられない、とでも言いたげに。

 飼ってみるか、という私の提案に息子は即答した。その日は屋台も回りヨーヨーも釣ったが、なによりも兜虫が息子の気を引いたようだった。その後餌やりは一度も忘れはしなかった。その結果が今、目の前に表れている。

「見れて良かったね、どうして気づいたの?」と妻が訪ねる。

「トイレに行きたくなったの。で、こんな早くにこいつのこと見たことないなって覗いたの」と息子が答える。

 私はあまり兜虫に魅力を感じてはいなかった。それでも息子の表情に広がる喜びから、それを推測した。息子にとって未熟さを残す白は宝物のように光り、生まれ変わった姿に成長の奇跡を感得していると。しかし、その想像は目の前にいる息子から反映させているような気もした。私にとって、子の眼は唯一無二の輝きに満ち、子の成長は想いを馳せるものだった。それでも私は息子に対して、息子は兜虫に対して、そうして親子二人、似通った心持ちを抱いているように感じられた。それは私の胸の奥からじんわりと至福を溢れさせた。