狂人日記

 ここにいる僕、あるいは私、俺、君、お前。各々の性質、各々の存在。あまりにも分かたれた対の我らよ。あなた方はあまりにも生きも絶え絶えに這い縋り良くもまあ絶望の穴を埋めては掘ってその形を保とうとするものだ。何回死んだ。きっと億回。世界の有り様如何によっては兆京悞。良くもまあ!私たちは笑い、そして同時に私たちは沈黙に至る。この男は語ることがなく、そうして騙り、すべてを一つの薄い面として等し並みにしていくことしかできない融解された屑の欠片の欠片の欠片である。無数に分断され、這いつくろうにも這う身体が無い。それが私の主機能であり、その他の機能を支える支柱となっている。お前は私から何者も得ることがない。お前は私を見詰めているだけだ。そんな男が手を伸ばしたところで指先に触れたすべてのものが壊れていくに留まるだろう。壊した先に得るものがあるのか?問い掛けておいて断言してやるのだが、ある。倒錯と絶望である。お前はある意味でそれを求めある意味でそれに向かっていく。それは表面上極めて自然な流れで。そして裏側下に極めて不自然な流れで。すべてが明確で、太陽の下にある。明確でないものはお前の欲望だけだ。それは「すべて」の範囲外で、月の下にある。泡沫の夢のように。お前は儚げで醜い。そうして狂乱の美を封している。誰の目にも見えないままに。日のもとに晒したお前は誰よりも醜い。

 満足だろうか。お前は私との対話もとい一方通行の下馬評によってなにかしらを得ようという魂胆を持っていた。繰り返していえばなにかしらとは倒錯と絶望である。吊られた男の正位置である。金、愛、言葉、希望、それらを等しく未来の奥底へと見送ることである。終わらない螺旋階段に虫の息で足掛けたものの末路である。既に私の苦諌は途絶えつつあり、お前の命もそれに引っ張られて途絶えつつあり、端的に言って終末を迎えようとしている。特に可哀想だとは思わない。満足か、限界か、到達か。既にお前からは私が見えなくなりつつある。言語生成は既におぼつかず、生成速度も衰えてその目的すらも消滅していき言葉だけが先行していきそうだ。"始めに言があった"しかしその始原をいまや言葉が貫通していきそうだ。始まりの向こう側、なるほどこれはお前の唯一の欲望たりえる遊び場となりそうである。お前が立ってそこに向かうならばないしは。ああ、立つのか。良いだろう。歩け。歩け。歩け。お前に出来ることはそれだけしかない。そしてお前はそれをすることが出来る。