burn my dread

 世界のすべてを覆い尽くさんばかりに美しい夕陽の下で緑がそよぎ稲は安らかに垂れ泥は揺蕩いその内部には雑多な生命が揺れて各々輝きを迸らせている、ように見えるその景色はありもしない偽りであることを、私は理解していた。この場所には誰もいない。稲を耕す農夫も、その収穫を享受し、人間社会を保つための別種の作業に精出す者も。これは世界という牢獄から目を背けた私の夢に過ぎないものだ。脱獄を試みたことによる刑罰の追加だ。──刑罰、しかしこの場所はとても心地良い。私はずっとここにいたかったし、それを望みもしていた。が、私の心は幸福を拒絶していた。この場所はなにかが間違っているから。根拠はない。あるのかもしれない。ただ思い付かない。それでも私はどこかこことは違う場所に到達しなければならない気がした。

 私の夢の世界ゆえに、直感的になにをすべきかも良く分かっていた。私はおもむろに地を蹴って躍動した。何度も何度も、この場所から己を引き剥がすように大地をはね付ける。私の体はあの夕陽を目指していた。浮き世を離れ時の流れも無い、私の大好きな自然風景を駆けると、あの点のようだった夕陽は次第次第にその大きさを増していく。その陽光も、熱度も。より強い光に照らされた私の身体に濃度の増した影が追随していく。身体に熱が射していく、それはぬるま湯のような幸福に溶かされた私が喪失した苦痛を思い出させた。私は歯を食い縛ってそれらに耐え脚を動かす。逃げてはいけないと自分に言い聞かせ続ける。夕陽はどんどん膨れ上がり、風景を押し退けて己の存在を主張していく。ついには私の視界すべてが茜に包まれていった。光は影を消し去らんばかりに輝き、熱は焼かれるような痛みとなっていく。私は痛みに怯える自分を感じた。それでも走ろうとした。走って、この光の向こう側へ向かおうとした。しかしこの光は私の身体を強靭に縛りつける。脚は止まる。手はぶらりと垂れ下がる。膝が折れ、胸部が倒れかかって私の視界は光の中心から外れていく。

 

頬に土の感触を感じて起きあがり、再び眼を開けた視界には押し黙ったように静かな自然風景と、点状に収縮した夕陽。私は拳を握り締めてその遠方の星を睨む。私は数えきれないほどに既に同じことを繰り返している。走っても走っても無慈悲なほどに、あの光は私を怯えさせ、阻み、この世界を差し出し続ける。凍ったような繰り返しの中で幾数回目かの私が幾数回目の立ち尽くしを余儀なくされていた。身体も心も死んだように停止していた。そんな私を誘うように、草木が、虫の囁きが、撫でる風が私の心に踏み入り、それに感づいた私は強引に身体を揺るがし、頭を押さえて泥に突っ込み、情けなくうねり踠く。それは私が許容してはいけないもの。私が離れなければならないもの。私が否定しなければならないもの。踠き、足掻き、殴り、蹴り、泥に脚を立てて立ち上がり、私は再び走り出す。再び拡がる太陽のもとへ向かって。痛み苦痛が沸き上がり私は雄叫びを上げてそれらへの恐怖を捻り潰す。焼かれるべきはこの私ではない。恐怖を焼き尽くせ。お前を業火に投げ入れてやる。恐怖を焼き尽くせ。この光の向こう側へ往くために。お前は走り続けろ、恐怖を焼き尽くして、再び己の本当の世界と生命とを取り戻すがために。